*母の3回忌(5月13日)

7月28日で丸3年

それを5月13日に3回忌

お寺での法要のあとホテルにて会食

私としては全く食べる物がなかった

と言うよりも食材さんに申し訳なかったとの思いが

ちゃんと伝えておくべき事だったと

今度は7回忌かな

その時にはもっとはっきりと伝えて会食には出ないようにしようかなと



母の思いが何なのか

お経を読んでもらって嬉しいのか?

それよりも子供たちみんなが集まってくれる事が嬉しいのかも

例によっての日帰り

朝早くに出て

山形を夜に立ち帰ったのは翌日のの1:30頃

長旅だがその方が疲れが少ない

気の向いた時にまたお墓参りにでも行こう

母と父と生まれてまもなく亡くなった兄の眠るお墓へ

ありがとうの感謝の気持ちとともに

*リメーク

今年は母の着物を洋服にリメークしてみました

この所夢に出て会話をしたり

どうしてかな

ちょっと冒険をしているのを心配しているのか

それとも大丈夫と言ってくれているのか

大丈夫


夢に向かって突進しているのだから

母さんの生きている間にできなかったのが心残り

それでもちゃんと見てくれているのを知っているから

夏用の洋服ですが アップします

母が小さかったので、反物も切っているらしくちょっとつぎはぎにしていますが

とてもいい感じです

IMG_1151.jpg


また来年着ますね

ありがとう

写真の写し方でパンツが短く感じますが足首までのパンツです

ミシンをかけながらCDを聞いて

なんだかほっとする時間です





*久しぶりのドライブ 山形へ

昨日 10月2日

久しぶりに山形へ行ってきました

家から山形までは大体350K

母がいなくなった今、お昼までには絶対着かなければならないと言う事もなくなり

お墓に直行

きれいに掃除をして、花を飾り、話をして


つまらないな

どんなに寝たきりでも生きていてくれるだけで良かった

行く励みにもなり、そしていつもお昼を食べさせてあげることへの喜びもあった

話す事が出来なくなってきてからは気に入らないものになると口に入れてもペット吐き出す

その仕草がとても可愛かった

もう母というその関係よりも、人間として偉大なものを感じていた


つまらない

本当につまらない


でもこんなことを言ってはいけないな

魂の故郷でゆっくりと休養したら

どんどん働きかけて下さいね

楽しみに待っています


          専称寺①          専称寺②



             母の眠る専称寺


                     安らかに休んでください

                                  ありがとう






*母と

25日
結局栗の渋皮煮は無し

その代り、大好きだった赤木のいちごミルク、それになんだかお寿司が食べたいと
それから きゅりの塩漬け、ナスの塩漬け

帰りが遅かったので全部切ってただ塩でもんだだけ

それでも十分おいしかった

贅沢な味を好んでいた母には物足りなかったかもしれない

それでも また 心のおしゃべりとおいしいもので贅沢な心の時間を持つ事を約束して

じゃね と

まるで生きている時のような会話を

いつでも いつでも会話はできる

いつも気配を感じている

まだ この世にいるのか そうではなく 私の心に生きている

母さんありがとう

また新たな3人との出会いがありました

ありがとう   ほんとうにありがとう

*母

7月25日で丸1年

久々におしゃべりをした

何か用意するものある?
食べたいものある?

栗の渋皮煮が食べたいとの事

きゃーーー 今のこの時期に ちょっと今日探してみた

無い

時期がちょっと違う

さて どうするかな

どうして欲しいのかな?

又じっくり話してみよう

*久しぶりの山形へ

お墓参りと渋柿を頂くために久しぶりの田舎へ

今迄の時間の経過はすごく遅く感じていたのに全くそいう感覚はなかった

きっと早く着かなければ、お昼までには行ってご飯を食べるのを付きあわなければ

そんな焦る気持ちがいつもあった


所が何もない

お墓に行って 姉のところに行って 帰って来るだけ


なんだか何もなくただふわーとしていた


お墓で会話をして、生きている時には言えなかった事を言って

私の望みを聞いてくださいとお願いして


渋柿を沢山頂いて帰って来ました


早速 柿酢と干し柿を作って楽しんでいる所です


つくづく思う
なんて幸せなんだろう
足りないものはない
かなえられない事もない
ただ進むのみ
勇気を持って進みさえすれば
全ての夢はかなう
素晴らしい事ばかりが待ち受けている
足りないものを数えるのは辞めた
足りているものを沢山数えよう

ありがとう ありがとう ありがとう

*むなしさ

49日が過ぎたら少しは違ってくるかと思っていた

違ってきたのはむなしさが大きくなったこと

実家に帰るのは一年に一度か帰らないか位だった

それでも何処かに帰る家があるという安心感があったのかも知れない

自分の原点 母親の元に

それがいなくなってしまった今・・・・・・・・もう帰る場所は無いと

無性に孤独感にさいなまれてしまう

それほどの現実の違いはないのに、心の中が違っている


今まで以上に自分の生活を大切に生きていかなければいけないと・・・・・

そしてどう生きるかをしっかりと決めていかなければいけないと


母さん ありがとう

ありがとう ありがとう ありがとう

*49日

今月の12日 49日の法要が

久しぶりの田舎へ

随分たった様な気がする

大好きだったひよこ(菓子)を持って行こうかな

甘栗がいい  そうね ひよこは随分たってからも食べていたけれど 甘栗はしばらく食べていないものね

甘栗を探しにスーパーに

皮をむいてあるのしかなかった

爪を真っ黒にして皮をむいていた母が目の前に現れる

今回は皮なしで我慢してね この次はもっと前から探しておくからね

心の会話が多い

一つの心の区切りとしよう

ありがとうございます

*悲しみから次の感情へ

すべてが悲しみ色に包まれていた時から

一ヶ月経つ


悲しみを通り越したと思ったのは嘘で

なんだか怒りの感情が湧き出てきてしょうがない

どうして皆生きていられるの?

どうして楽しそうに笑っていられるの?


怒りが湧いてくる

ごめんなさい

もっともっと優しく もっともっと穏やかで もっともっと輝いて


なんだか自分自身にもものすごい怒りが湧いてくる

ここに平気で生きていていいの?

いいの そのままでいいの


良くはない このままでいいのではない もっともっとやりたい事を真剣に

真剣にではなく 楽しんでに変換させたい

どんなに生きてもあと20年と思っている

その最後の時を精一杯生きるには何を・・・・・・・・・


ありがとうございます

*着物リメイク

母の着ていた着物を姉妹四人で分け それぞれが解いて

その解かれた着物たちが次の形に移行するために我が家に

黒の帯は四人分のバックに 二本の帯から8個のバックが

他の着物も次々へ変身する予定

なかなか着物の持っている特徴とデザインが一致せずに

難しい

着物としてみる布地の特徴と、洋服としてみる布地の特徴では大きな違いがあるように思えてならない

じっくりと布地たちに話しかけ

母に話しかけ

どんな形に一番なりたいのかを聞いている

まだ返事をしてくれない

もう少し話しかけてみよう

洋服にもならないような生地は袋になっている

まとめてアップします

今日も一日 精一杯生かされたことに感謝をします

*時間

一体母がなくなってから何日たつのだろうか

生きている時よりも亡くなってからのほうが近くに感じる

何をするときでも語りかけている

恋しい そんな気分が

ふっと寂しくなる

心に風が吹く


良かった  本当に愛するようになっていたことを感じる


一時期大嫌いな時期があった

口を開けば愚痴ばかり そんな母が大嫌いになり

足も遠のき 何年と田舎に帰る事も無かった

愚痴をこぼす前にどういう風にしたいのかを考えれば良いのに

皆でいやになることを引き寄せているのならしょうがないじゃ無いか


私は近づく事をやめて 自分を作るのに精一杯な時期があった


それが 母がだんだん老い 車いすに そして寝たっきりに

そんな状態を見ている間に私の心が変化し始めた

辛かったな  お見舞いに日帰りで行く

何を話していいのか解らない 話すことが無い

姉妹は皆平気で話しかけている それなのに私は探さなければ話すことさえない

悲しかった  離れている時間が長すぎて共通の話題がなくなってしまっていた


片道四時間半 母の所にいるのは2時間ぐらい そして又四時間半ぐらいかけて帰って来る

帰りの車の中はいつも辛かった もっと何かして上げられる事は無いのか

母のいる状況を見ていると何処かが違っていると言う思いが

それでもどうする事もできない歯がゆさに いらだつ


ありがとう

ほんとうにありがとう

沢山の学びを与えてくださった事に感謝します

迷わずに魂の故郷に帰る事を祈り続けています

母さん 本当に有難う  ありがとう ありがとうございます

又いつか会いたいですね

*母

7月25日午後9:38分 永久の旅立ち

マヤ暦の時間をはずした日に・・・・・・・・・


苦しんで どうしても頑張る理由があった それを生きている間に実現する事はできなかった

何を手助けできて 何が出来ないのか

全ては自分で引き寄せて生きているもの

その責任は私の中にもある

有難う  愛しています  ごめんなさい  許してください

火葬場の 鉄のドアが閉まるとき 言いようの無い深い悲しみと 恐怖と 

    感情が一度に爆発してしまう

熱いね  熱いね  (心での会話)

想像の世界に入り込む

煙と共に天界へ


無事に魂の故郷にたどりつけたかな

まだかな

そちらの世界でも待っている人が沢山いるでしょうね

又会える時まで

本当に有難うございました

合掌

*母


30日 急遽母の元へ

呼吸が45秒から50秒ぐらい止まる その後2分ぐらい呼吸をしては又止まる

これの繰り返し

本当に自分の一生を決める大切な時

せめて 娘としては安らかにと願う

これも私のエゴ

なぜ逝けないのか

死と言うものに対する恐怖ではない  と思う


  帰りの車中


  あれ 自分の事として置き換えると 何が???????

    これほどの苦しみをまだ手放していない??????


    執着 まだ手放していない???????


    恐怖 まだ手放していない???????

まだあるのか

どんどん どんどん私をクリーニングする


繰り返し繰り返しクリーニングをし続ける 

  きっとそれによっては母は旅発つに違いない

大きな大きな声でありがとうを叫んでくる

ありがとう この経験をさせて頂けることに感謝します
 
  

*母

大正元年1月生まれ 現在98歳

ベッドで寝たっきりになってどのぐらいたつのだろう


昨年の9月ごろもう危ないでしょういつ何があってもおかしくない状態ですとの事



1月2月は雪があるために控えていた

久しぶりに14日会いに行く

珍しく眠っていた


姉の話によると もう医療を超えた所で生きている 神の領域でしょうか と先生が話していたとの事


せめて何かしらの意思表示があればと誰もが思う

その内むっくりと起き出して来るのでは と誰かが言う




誰にも計り知れない所にある

神の領域


確かにそうだろう


帰りの車の中 喉が痛くなり 気持ちが悪くなる


翌日喉が垂れ下がっているように痛い


これも花粉症?

そう思い耳鼻咽喉科へ 扁桃腺に炎症がとの事

早く治したい一心で薬を飲んだ

4日たった今でもすっきりしない




ごめんなさい 許してください 愛しています ありがとう

何かに反応しているみたいです




     
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spacious

Author:spacious
一つの顔はバレエ教師
一つの顔はダンサー
一つの顔はヒーラー
     チャネラー
     レイキティーチャー
いくつもの顔を持ち、色々なアンテナを張り巡らせながら生きている

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